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ニュース・コラム

舞踊評論家・日下四郎氏の連載コラム「ダンスレビュー」

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NBAバレエ団が所有するユニークで貴重な財産
ロプホフの「ダンスシンフォニー」:第8回トゥールビヨン公演 18日(土)18:30/19日(日)15:00 芝 メルパルクホール東京

日下 四郎 2011年6月27日

2004年の初夏に、その第1回のスタートを切ったNBAの年次企画のひとつであるこの“トゥールビヨン”シリーズ。取り上げるプログラムの中身は、公演タイトル名が示唆するように、常に旋風のように渦巻く冒険心と、知られざる海外作品の本邦への紹介という二つの項目に支えられている(と旗揚げ公演のマニフェストにある)。今回はその8回目の公演で、はじめに「ローレンシアからのパ・ドゥ・シス」、次にヴィヴァルディならぬグラズノフ作曲の「四季」、最後にロプホフの歴史的遺産ともいうべき「ダンスシンフォニー~宇宙創造の偉大」の3本を並べた。

ただしこの中での新作は、1900年にプティパがペテルスブルグ時代に手がけた古典を素に、あえてNBAの安達哲治が新しく振付に挑戦した「四季」だけで、あとの2本はそれぞれ過去の舞台において、すでに公開したものの再演である。冒頭のパ・ドゥ・シスは2003年の夏の「ゴールデン・バレエ・コースター」のプログラムの中で上演され、もともと17世紀に起こったスペインの貧農たちの反乱劇としてGATOB( ソビエトの演劇バレエ・国家アカデミー )のお眼鏡にかなった音楽劇(1939 レニングラード キーロフ劇場)の中の一場面。そこで踊られたダンス・シーンとして独立したナンバーである。

ただこの作品はのちにボリショイ劇場でマヤプリセツカヤが出演したり(1956)、またこのNBAの舞台のように、ダンス部分だけを抜き出してヌレーエフがロイヤル・バレエで踊ったこともあって(1965)有名になった。だがドラマが展開する前後の事情やつながりが分からず、ただ6人が組み合わせを替えて踊るだけでは、上記のようなスター・バリューによる付加価値か、よほどの神技でも見られない限り、どこか色添えとしての前座の印象で終わってしまうのは止むを得ないところだ。(18日出演:女=関口祐美、関口純子、加登美沙子 男=オリバー・ホークス、ダニエル・スミス、大森康正)

しかしそのあと休憩をおかず、滑るように流れ込むグラズノフの調べで始まる「四季」は、まるで目の前にぱっと広がる巨大な宇宙にも似た、鮮やかな効果の光景であった。舞台空間には、視界いっぱいにレース状の紗幕が何枚か吊るされ、その表面には雪の結晶、または花弁を思わす無数のデコールが施されている。それが冬・春・夏・秋とフォー・シーズンの色彩の変化とともに、次々とあざやかな季節の転移を現前する。そして風景の中にはNBAのダンサーたちがフル出動、さまざまなカラーとたのしいデザインの衣装で、あるいは木の葉、風の精、また小鳥・蝶々、そしてバッカスやバッカナーレの役割等々を演じて踊りぬくのだ。ここにはバレエ藝術の究極のターゲットとして、ひたすらファンの目を楽しませようとする、様式芸術としての完成された美と至福の世界が、まよわず視界いっぱいに提供されている。振付・演出:安達哲治。

NBAの藝術総監督としての安達には、本来さまざまな顔がある。というよりはこの国の中軸を占めるいくつかのメインのバレエ団の中にあって、唯一NPO法人というユニークな組織を動かし、その運営をこなしていくには、単に才能あるアーティストの役割だけでは決して用が足りるとは思われない。もちろんそれはボードとして彼を支える数多くの仲間の協力があって、初めて達成可能な仕事であろう。しかもそんな環境の中にあって、結局最後に問われ勝負のカナメになるものは、そのカンパニーの芸術的力量であり、絶えざる創造への接近以外にはあり得ないのだ。

90年代の半ばに仕事仲間による『日本バレエ劇場』として出発し、2000年に入ってNPO法人の認可を受けたNBAも、今では「くるみ割り人形」や「ジゼル」「白鳥の湖」など、いわゆる古典バレエの本命を立派にこなせる、中枢バレエ・グループの一角に位置するまでに大きくなったが、それでいながら公演レパートリの選択には、様式と感性の鮮度だけを追い求める一般のバレエ団にはない、密度の高いオリジナリティが、その特色となっている。

今回のプログラムの〆であるフョードル・ロプコフの「ダンスシンフォニー~宇宙存在の偉大」も、そんな独自性の一端を如実に証明する得がたいレパートリーの1本だ。初演は2000年の秋、第5回自主公演『バレエネオクラシック秘蔵コレクション』の中の1プログラムとして、他に「時の踊り」や「騎兵隊の休止」の初演といっしょに上演され、その年の藝術祭最優秀賞を受けた記念の作品だ。