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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.38 「同時多発テロから一週間」  
2001年9月19日
 アメリカの同時多発テロ事件は大ショックでした。ニューヨークに行けばあのあたりを歩いていたこともあり、とても対岸の火事では思えません。リアルタイムでの情報があふれ、ついついテレビを見続けてしまいました。どのチャンネルも惨状ばかりで息がつまりそう。まるで映画みたいという人も多いのですが、映画はゴジラが出たりしてウソ丸出しなのに、今回は地獄のような現実を見せつけられつづけ、思わず目をそむけてしまいます。あわててチャンネルを切りかえると、たまたまワイドショーやバラエティなどをやっています。こんな時にこんな番組をやってるなんてと思いながらも面 白くて見てしまいます。NHKの園芸の番組で美しい花が咲いているのも目が離せません。現代人には娯楽やいやしが必要なんですね。そして芸術。教育テレビでのN響アワーでモーツァルトのピアノ協奏曲が美しく響いていました。本当に救いになりました。平和な日本に大感謝です。
 テロ事件の翌日、御招待を受けていたので、国立劇場で上演している中国の北京からの「梅蘭芳(メイランファン)京劇団」の舞台を見に行きました。スターは劇団名のもとになったかつての名女形梅蘭芳の息子の梅葆玖(メイパオチュウ)さんです。
 お父さんの梅蘭芳は大正時代にも来日したそうですが、僕は戦後になって昭和31年に京劇の劇団を率いて来日した時の舞台を見ました。生まれて初めて中国のミュージカルといったものを見て、欧米の文化に慣らされていた僕は視聴覚から遠慮なく押しよせてくるような異国的な舞台にすっかり魅了されてしまい、オッカケになってしまいました。梅蘭芳はもう最晩年になっていて美人には見えませんでしたが異常な迫力がありました。最も印象に残ったのは世界三大美人の一人といわれる楊貴妃に扮して演じた「貴姫酔酒(きひすいしゅ)」です。楊貴妃は愛する皇帝とデートの約束をしていたのに、皇帝は約束を忘れて別 の女性のところに行ってしまいます。楊貴妃は一人で酒を飲んで酔って歌い踊ります。猫のラブシーンのように音程をずらす歌唱法も印象的でした。舞台から花の香り、酒の匂いがこぼれてきそうでした。
 それから四十数年、今度は息子の番です。彼は今春のNHKのドキュメンタリー番組で紹介されました。梅蘭芳の息子としてスターの座にいたのに、あの文化大革命で否定され、さまざまな迫害を受けた末に奇蹟の復活を遂げた人です。しかし後継者が現れないいま、最後の女形として、60代半ばの現在も若い女性の役を演じています。見逃せません。
 今回の公演は3演目。はじめの二つは女性の役は若い女性が演じるので美しいのは当然でした。踊りの技術も目がさめるようでした。そしておしまいはお目あての梅葆玖が主演する「貴姫酔酒」です。むかし見た時は牡丹の花が咲き競う花園でのソロだったと思うのですが、今回は黄金の屋根があり、桃か梅かが満開の花園で、楊貴妃が2人の廷臣や多くの女官たちを従えての規模の大きい様式的な舞台でした。むかし見たのは一部分だけだったようです。本物の女性の女官たちと並んだ梅さんはやはり絶世の美女には見えませんでしたが、全身全霊で女心の哀れさを演じ歌い踊り、感動を誘いました。若い女性が演じてもこういう感銘は与えられないでしょう。そこが舞台の面 白さです。父子二代にわたっての楊貴妃を見ることができました。
 そういえばいま人気の若手歌舞伎俳優たちの親どころか、おじいさんたちの舞台も思い出します。僕も年とったものだと思います。ことしに入って中村歌右衛門、市村羽左衛門がなくなっています。老後の舞台を見ておくのを再度おすすめします。
 さて僕の身辺では舞踊批評家の八巻献吉(やまきけんきち)さんが3月に85才で亡くなりました。10年ほど前に倒れて半身不随になられたのですが、舞踊の会にはたびたび来られました。たまたま劇場の階段の昇り降りにお手助けした時に、キミは介護が上手だねとおだてられたのを機会に、彼が舞踊の会に現れるときにはお助けすることになったのです。いつもは開幕直前にとびこむ僕が、早めに劇場前にかけつけてたタクシー到着を待ち、終演後にタクシーを探してはお見送りするまでのお世話が自他ともに認めてしまった役目でした。一年中敬老の日でした。しかし去年から今年にかけて次第に電話がかかってくる回数が減り、ついに亡くなってしまわれました。淋しいことですが少しはお世話できたことに満足してもいます。しかし若いかたがたがもっと積極的に手を貸してくださったらよかったかなとも思います。人前では少し恥ずかしい気もするものですが、心の中で思っているだけでなく実行して欲しいと思います。喜びは結局は自分に戻ってくると思うのですが。
 そうこうするうちに僕もだいぶくたびれてきています。助けを求める時期も近付いています。電車の中で席を譲られたことがないのは、僕が若ぶってブリッコだからかも知れませんが、本当は疲れているんです。若い人たちに思い切って席を譲ることをおすすめしますし、年輩のかたは素直に好意を受けて欲しいと思っています。
 地位や財産の区別なく、誰も同じように年齢を加えます。誰もが一日一日と死に向かっているわけです。平均寿命が世界一だというありがたい日本ですが、いつ何が起こるかはわかりません。テロの危険もないとはいえないでしょう。一日一日を大切に過ごしたいと思います。分をわきまえて、時間やお金の都合をつけて、美しいものを見たり聞いたり、おいしいものを食べたりしたいものです。
 追加。実は今晩(9月17日)、上野の東京文化会館で行われた「ニーナ・アナニアシヴィリとボリショイ・バレエ&世界のスターたち」というガラ公演に行ってきました。まず舞台上にバーが並んでいて出演者たちのレッスンが始まります。開幕前のトレーニングを見せてしまうといった感じです。フトメの先生はつい先日までアナニアシヴィリのパートナーをつとめていたアレクセイ・ファジェーチェフです。もう踊らないんですね。もう33年も前のこと、プリセツカヤが初来日した時の「白鳥の湖」のパートナーがお父さんのニコライ・ファジェーチェフでした。その息子がもう現役引退していたんです。やはり偉くなりたいのかと少し淋しく思いました。とにかく彼が青年からオジサンになっていれば、こちらもオジンになってしまうのも仕方のないことでしょう。本当にどなたか僕を助けてくださいね、お願いします。
 同時多発テロから一週間、ニューヨークの株式市場も再開され、事態は少しずつ回復の兆しを見せています。しかし報復とか戦争という言葉が聞こえるのはどんなものでしょう。56年間も戦争がないという世界でも珍しい国日本ですが、何が起こるかわからないのも事実です。不慮の死は避けたいものです。少なくとも天寿は全うしたいと思うきょうこのごろです。



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