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COLUMN
HOMECOLUMN > ロンドン ダンスのある風景
實川絢子 Ayako Jitsukawa
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学んだ後、大学・大学院で英国演劇を専攻するはずが、ダンスへの執着は思いのほか強く、突如舞踊関連の研究に転向。2007年、英国ロンドンに移住、現地オペラ・カンパニーやダンス関連機関でマネージメント研修を受ける。現在も気まぐれにロンドンのダンス・スタジオでバレエやコンテンポラリーのレッスンを受けながら、ロイヤル・オペラハウスやサドラーズ・ウェルズ劇場に通いつめる日々。変わりやすいロンドンの天気に文字通り翻弄されながら、評判芳しくない英国の食材を駆使して不思議な日英折衷レシピを考案しつつ、ロンドン北部でひっそりと奮闘中。
「ロンドンに飽きた者は、人生に飽きたに等しい。ロンドンには人生が与えうるもの全てがあるから」―とは、18世紀英国の文豪、サミュエル・ジョンソンの言葉。「人生が与えうるもの全て」とは、実際何を指すのかわからないけれど、ロンドンはその途方もない懐の広さで、これまで途方もない数の人々を惹きつけて来た。私も、その「全て」が何なのか知りたくて、ロンドンにたどり着いたひとりなのかもしれないなと思う。
ロンドン情報というとやや手垢のついた感が否めないけれども、日本までなかなか伝わりにくいダンスの話、さりげない日常的体験やはっとした光景など、できるだけありのままにお伝えして、今のロンドンの息遣いを少しでも体感していただけたら・・・と思っている。
09.05.26 update
●5月6日
「Just Add Water? Shobana Jeyasingh Dance Company」


ロイヤル・オペラハウス
 バレエとオペラの殿堂、ロイヤル・オペラハウス。実はオペラハウスには、メインのオペラ劇場の他に、2つの小劇場があるのをご存知だろうか。

 ひとつは、Clore Studioと呼ばれる、オペラハウス上層にあるリハーサル・スペース。通常はバレエのリハーサルに使用されているが、200人収容可能なこのスペースでは、小規模なパフォーマンスやトークイベントなどが行われることもある。
もうひとつのLinbury Studio Theatreと呼ばれる客席数420の小劇場は、ちょうどメインのオペラ劇場の地下にあり、教育イベントや新作の実験上演、外部カンパニーの公演など、なかなか面白い公演が行われている。


 今回は後者のLinbury Studio Theatreで、英国を代表する振付家の一人、Shobana Jeyasinghによる新作のプレミア公演を鑑賞した。
 インド出身でロンドンを拠点に活躍するJeyasinghは、インディアン・ダンスを基盤に、知的で力強く、エッジの効いたコンテンポラリーの動きやクラシックのテクニックを取り入れた振付で評価の高い振付家で、1995年には大英帝国勲章MBEも受勲している。
 今回の新作、「Just Add Water?」は、いろいろな意味で衝撃的なダンス作品だった。
 まずは、そのテーマである、「食」。あまりにも身近な題材だけに、ダンスという形を通して改めてその問題を突きつけられた体験自体がショッキングだった。


オペラハウス内・通路
 Jeyasinghの問いは、「食をめぐる異文化交流は、我々の時代で最も偉大な異文化交流の成功例といえるだろうか?」というもの。
 アメリカ出身の女性ダンサーは、「私は甘ーいパンプキン・パイが大好き!アメリカの感謝祭を思い出すから」と言って、そのレシピを繰り返し叫んでは攻撃的とも見える直線的な動きを見せ、インド出身の男性ダンサーは、ミント・チャツネへの思い入れを一通り語った後、「でも、レシピはない!」と言ってインド風に手首を曲げて足を踏み鳴らし、客の笑いを誘う。メロディアスな音楽はなく、ホワイトノイズのようなサウンドに被さって発せられるダンサーの台詞が音楽なのだった。
 前述の男女は、タンゴ風のダンスを踊りながら、「パンプキン・パイ」と「パンプキン・カレー」をめぐって口論。「鶏のワイン煮込み」のレシピをフランス語で説明しながら軽快に踊る男に、ベジタリアン宣言をするまでの葛藤を踊る女。あらゆる食べ物をめぐってクレイジーになる姦しい人々を見せた後に、突如訪れる静寂。
 すりおろし器の目のような照明パターンが舞台に映し出され、喋るのを辞めた6人のダンサーたちがその上を這いまわり、絡み合いながら、無言でひたすら踊る。
 少し前まで、恐ろしいまでの食への執着をけたたましく表現していたダンサーたちが、あたかも食材そのものに変身したかのようで、滑稽ながらも哀しさの漂う光景だった。
 食べ物や料理への執着、そうしたものがどれだけ「異文化間の差異」を形成しているかということを散々見せ付けられた後に、異文化の構成要素として提示された個々のダンサーたちが突如として混ざり合っていくさまを見ていたら、絡み合う身体が、鍋にグツグツ沸いた湯の中で躍る米や南瓜に見えてくるような錯覚にとらわれた。一見バラバラの文化を背負い、見た目も大いに異なるように見える我々も、結局は単なる有機体であることに変わりがないのだ。

コベント・ガーデン
 公演が終わって劇場を出れば、インド料理、イタリア料理、ベルギー料理、ケバブ屋にチャイニーズ・テイクアウェイ、オリエンタル・ヌードルショップ・・・ありとあらゆる多国籍なレストランがひしめくコベント・ガーデン。歩く人の顔も、それこそ多国籍。ギリシャ人がフィッシュ&チップスを揚げ、マレーシア人が寿司を握り、イギリス人がケバブをかじりながら歩き、家では和食恋しさに醤油味のものを作ってばかりの日本人の私がモロッコ料理屋でクスクスを食べる―そんなロンドンでは当たり前の光景が、ダンスとなって問いを投げかけてきたことに、改めて衝撃を受けたのだった。
●5月2日
「ブルーベルの森」

 5月から6月にかけては、英国が最も美しい季節といわれている。なかでも私の好きなのは、新緑の緑に青い花の咲き乱れる5月初旬。英国の春は水仙の黄色に始まり、次に桜などの花のピンク色で染まった後、みずみずしい新緑の緑と共にロマンティックなブルー系の花が顔を出して初夏の訪れを告げる。
 玄関のドアの周りをぐるりと囲った薄紫色の藤、香り高いライラック、Forget-me-notの名前で親しまれる忘れな草など、ロンドン市内でもあちこちで見かけるブルー系の花の中で、この季節最も人気があるのが、ブルーベルと呼ばれる釣鐘状の可憐な花。

 森一面に咲く野生のブルーベルは「青い絨毯」とも称され、わざわざ郊外の森までその幻想的な光景を鑑賞に行くツアーも組まれるほど。
 ロンドンで一番有名なブルーベルの森は、おそらくキュー王立植物園(通称キュー・ガーデン)のものだろう。
 入場料13ポンドはいつ来ても高いと思うのだが、今回はブルーベルの海を見るだけでも、その価値は十分にあった。

ブルーベルの森
 「シャーロット女王のコテージ」と呼ばれる藁葺き屋根の小屋の裏に広がる青い絨毯は、まるで絵本の一場面のよう。「夏の夜の夢」の妖精が出てきてもおかしくないと思ってしまうほど神秘的な光景に、思わずため息が漏れた。
 ブルーベルを鑑賞した後は、昨年出来たアトラクション、ツリートップ・ウォークウェイへ。
 テムズ川沿いの観覧車ロンドン・アイの設計をした建築家マークス・バーフィールドが 設計した、地上からの高さ18メートル、長さ200メートルの遊歩道で、鳥が高い木の枝に止まったり、巣のなかにいる気分といった感覚を体験できる。
 階段を上まで上るのはなかなかきつかったが、さっきまで地上から見上げていた大きな木を、 上から見下ろしたり、木のてっぺんからまた別の木のてっぺんへ、鳥が移動するように 移動するのはとても新鮮な感覚だった。
 この日は連休中、しかもいい天気だったので、キュー・ガーデンも人が沢山。ロンドンの中心部からは少し離れているが、都会の喧騒に疲れたら、癒しを求めて訪れる価値大の場所である。