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東京公演間近!
米沢唯、池田理沙子、木村優里、橋本直樹、浅田良和、西田佑子、逸見智彦、二山治雄ほか
スターダンサーが一堂に饗宴した「バレエ・プリンセス」金沢公演レビュー

「バレエ・プリンセス ―― 振付家のたくらみと配役の妙」


《バレエ・プリンセス》は、『白雪姫』、『シンデレラ』、『眠れる森の美女』に登場する三人のプリンセスをフィーチャーした公演で、どなたでも楽しめるように作られている。二〇一六年三月に上演されたものが早くも再演。しかも今年は金沢と東京の二箇所だ。東京公演は七月二十日だが、金沢ではすでに六月四日に本多の森ホールで上演されたので、そのようすをご報告しよう。

この公演は三つの物語に題材をとっているが、よくある名場面集ではない。演出・振付の伊藤範子は三人のプリンセスを、バレエ少女アンの読書体験の中に置きなおしている。

プロローグ〜白雪姫〜シンデレラ

物語はレッスン風景から始まる。クラスが終わり、アンの稽古仲間は迎えに来たママと帰って行くが、アンのママはなかなか現れない。アンはしかたなく教室にある絵本を読み始める。だが『白雪姫』や『シンデレラ』を開いてプリンセスの気分に浸っても、心細さが高じると本を閉じてしまうので、白雪姫は毒リンゴを食べて死んだまま、シンデレラはガラスの靴を後に残したまま。物語は宙吊りにされ、時間は押しとどめられる ——


白雪姫を踊ったのは新国立劇場バレエ団の木村優里。木村が子役でない役を踊ったのは、二〇〇九年の牧阿佐美バレエ団『くるみ割り人形』公演が最初だと思う。篠宮佑一を相手に芦笛のパ・ド・ドゥを踊った。牧の芦笛は通常、女性三人の踊りだが、期待のジュニアを起用してパ・ド・ドゥを上演することもある。十四歳にしてすでに木村の魅力は一目瞭然だったが、それから七年半、今まさに大輪の花が開こうとしている。


 

今回の白雪姫も木村の魅力を十分に伝えるものだった。木村は技術があるのでテクニシャンタイプと思われがちだが、実は役の雰囲気をふくよかに薫らせるタイプだ。長い手足を柔らかく使って余韻を残す踊り方が、七人の小人(地元の子どもたちが演じた)と白雪姫の間に培われた温かい心の交流をしのばせた。

 


シンデレラを踊った池田理沙子は木村の二つ年上。大学卒業後に新国立劇場バレエ団に入り、一年目で異例にも『シンデレラ』、『コッペリア』、そして『眠れる森の美女』の主役をまかされた。

池田の持ち味は表現力だ。体をどのように使って何を見せるかを常に考えている。今回で言えば、ドレス姿になって舞踏会に現れた最初のポーズからして圧倒的。体の中心から首を経て頭のてっぺんまでがすっと通り、そこからゆるやかに開いた胸を経て両腕へと穏やかさが流れてゆく。


 


基本を大切にした踊りはただでさえ説得力が豊かだが、さらにそこに、たとえば顔のつけ方とつまさきとの連動がちょっとしたニュアンスを加える。そうした工夫により、王子(橋本直樹)に出会って恋が生まれ、高まっていく心の動きが生き生きと描き出される。


 

眠れる森の美女

三冊目の絵本『眠れる森の美女』を開いたアンは物語の世界に入り込み、いきなりカラボスに襲われる。ピンチ!幸い、リラの精がアンを守ってくれた。ほっと一安心 —— あれ?このリラの精、どこかで見たことあるような……。ともあれリラがカラボスを追い払ったおかげで王子は眠っているプリンセスを目覚めさせることができ、止まった時間がようやく動き出す。華やかな婚礼の宴がそれに続く。

婚礼の場面には興味深いキャストが組まれている。リラの精の西田佑子は大阪の法村友井バレエ団で主役を踊っていたが若くして退団。それ以降はフリーで活動しつつ常に国内指折りの実力を示してきた。技術の高さを微塵も誇示しない、優美で包容力のある踊りが特徴だ。見られるときに見ておきたい。

宝石の踊りは振付の伊藤が所属する谷桃子バレエ団の竹内菜那子、山口緋奈子、酒井大によるパ・ド・トロワ。酒井はすでに大役を踊る中堅だが、竹内と山口はまだ入団して三年。ラインをきれいに出せる若手で、谷の公演では早くもソリストの役がつき始めている。今回も、表情やアクセントのつけ方に優れた素質の片鱗を見てとることができた。

白い猫は松本佳織、長靴をはいた猫は荒井成也(東京公演は玉浦誠)。荒井は井上バレエ団で主要な役を踊っている。松本は東京シティ・バレエ団の若手。小柄で愛嬌があり、名前の出ない役を踊っても「あれは誰?」とよく話題になる。今回も、クールに演じられることの多い役をパートナーとじゃれ合うように踊って新鮮だった。

青い鳥の二山治雄はもうおなじみだろう。二〇一四年にローザンヌ・コンクールで賞をとり、今年はパリ・オペラ座バレエ団と短期契約を結んで話題になった。テクニックの鮮やかさはいつに変わらないが、上体や腕に軽やかさと気品が増したように見えたのはオペラ座で過ごした日々の副産物かもしれない。フロリナ王女の五十嵐愛梨は群馬の山本禮子バレエ団の所属。フレッシュな踊りを見せた。

 


オーロラ姫は新国立劇場バレエ団の米沢唯、王子は浅田良和。浅田もKバレエカンパニーを二十代前半で退団した後フリーだが、特に近年は最も頼りになる王子役ダンサーの一人との評価を確立している。米沢は精緻なテクニックをとことん歪みなく見せ、浅田が攻めのサポートで、理想を極限まで突き詰める米沢を助けた。


 

エピローグ

『眠れる森の美女』を読み終えた頃、アンのママが迎えに来る。やっと帰れる!そして —— ああ、どうして気づかなかったのだろう!あのリラの精はママだったのだ!

幼いアンの行く手にはさまざまな困難が待ちかまえているが、ママはいつもアンの味方。ママと一緒なら何もこわくないね —— 子どもたちを勇気づける声が聞こえるような結末だった。

屈託なくアンを演じたのは大谷莉々。アンの友だちや小人、『シンデレラ』の時の精は地元の子どもたちが演じたが、いまは子どもでもこれほどきれいに腕を使えるのかと感心した。三つの物語の悪役、王妃と継母とカラボスは逸見智彦の一人三役だが、そのことの持つ意味についてはご想像にゆだねたい。



文:門 行人(かど ゆきと) / 写真:小川峻毅



【公演オフィシャルホームページ】
http://www.chacott-jp.com/j/special/ticket/princess/index.html