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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.33 「テレビの森下洋子さん」  
2001年6月13日
 つい先日、NHKテレビの「にんげんドキュメント」という時間で、「バレリーナ森下洋子ー踊り続けて50年」という番組を、時々目をそらしながらも見てしまいました。ご覧になったかたも多いと思います。迫力にみちた番組に感動しました。僕は長い間NHKの音楽芸能部門でテレビの番組を作っていたのですが、僕の立場や資質ならば到底作れなかったような番組でした。
 森下洋子さんはことし52才、舞踊生活50周年を記念しての公演を踊り続けます。この番組は、この5月に渋谷のオーチャードホールで5日間にわたって松山バレエ団の「ロメオとジュリエット」が上演され、彼女が5回とも立派に踊り切った前後の模様をドキュメンタリー番組にしたものです。
 テレビの画面では森下さんの公演に向けてのトレーニングやリハーサル、公演時の舞台裏などでの様子を執拗にフォローしています。公演当日、楽屋にベッドを持ち込んで休んでいたり、舞台袖では出番の直前まで横になっていたりして体力の温存を図ったりするのを見せますが、舞台での踊る場面 は多くありません。そして公演後には抱きかかえられるように楽屋に戻り、つけまつ毛を外したりして舞台化粧をとって行くさま、ほてった足を氷の入ったバケツに突っ込む等々。全篇は彼女の顔のクローズアップを多用して、しわやしみ、浮き出た血管までを残酷なまでに写 し出し、森下さんの素顔に迫っていたのです。
 人間ドキュメントという番組だから当然でしょうが本当に驚きました。この番組についても賛否両論はあると思います。あれほど努力して生命をかけてバレエを踊るのだと知って感動した人もいるはずですが、見なくてもいいものを見せられたという人もいましょう。現にそういう声も聞きました。あの番組を見て松山バレエ団の公演のチケットを買ったという友人もいます。とにかく、実際に森下さんの舞台を見ている人よりも、あのテレビ番組を見た人のほうがずっと多いはずです。あれを見てプラスにせよマイナスにせよ、人間についてバレエについて考えた人も少なくないはずです。本当にテレビの効果 や影響は大きいものです。
 僕はNHKで長い間バレエ番組も作り、森下さんもたびたび出演しています。僕は退職後も他の組織には入らないでNHKの仕事を優先するという口約束をしていたので、時々はバレエ番組も作りました。松山バレエ団の「シンデレラ」の初演の舞台なども収録して放送しています。そしてほとんどの場合は、先日のドキュメンタリー番組で使っていた手法をあえて避けていました。
 バレエを舞台で収録する時も、テレビスタジオで収録する場合も、あくまでバレエそのものを正面 切って収録・放送しようとしました。一般の人々は、まずは「ジゼル」や「白鳥の湖」や「ロメオとジュリエット」などのバレエを見るのです。バレリーナの顔のよしあしやテクニックをあげつらうのはそのつぎの問題でしょう。ですからバレエ番組を作る時はナマの人間でなく役になりきったダンサーを美しく見せるように努力を続けたのです。バレエは観客に向かって踊るものですから、カメラも客席の各所に並べるだけで楽屋に入ったりはしませんでした。
 古典バレエの場合は正面から舞台全体をとらえる全景をベースに、主役陣のソロの時はダンサーの全身を追います。女性ダンサーの場合は上にあげた手の先やトウシューズの先端を切らないように少しゆったりとしたサイズで追うのです。特に顔が見たい場合や答礼の時などは時に応じてアップにします。しかし顔のアップでなく上半身ぐらいにとどめます。リアルなテレビドラマなどと違って相当遠い感じです。しかし古典バレエの場合はあくまで非現実の世界を現出させようと思ったのです。これは僕の独創でなく外国からのビデオでもほとんど同じ手法なので、安心して現在までこの手法で番組を作っています。きれいごとのようですが視聴者のバレエに対するイメージを裏切らないようにと考えた結論ともいえます。
 これに対して現代の舞踊の場合には舞台上や舞台袖にカメラを置いたり、モンタージュ手法を多用するなどテレビ独自の手法も駆使しながら、作品に即応した手法を撮したりもしました。それでも結局は多くの舞踊作品を何とか忠実に二次元のブラウン管におさめて、視聴者にお伝えしようという考えが基本でした。
 今度見た番組は、いわゆる舞踊の番組の内容や作法の対極にあるものです。舞台の場合はあまりありません。バレエファンはがっかりするでしょうが、この場合は人間を追いかけるのが大切だったのです。視聴者は客席からは見られない森下さんを見ることができたのです。テレビにはいろんな番組があり、対象にアプローチする発想や方法がそれぞれに違うのです。そして番組それぞれが視聴者のかたがたを楽しませたり、感動させたり、考えさせたりするのです。
 僕は舞踊番組を作る場合には、観客と同じく客席の適当な場所から、時には遠景を写 し時には見たいダンサーを大きく写し出します。自己主張をひかえて、作品そのものをストレートに視聴者にお届けするようにつとめてきたつもりです。しかし先日の番組にも感心しました。テレビの威力を見せつけられました。
 さて、この5月の「ロメオとジュリエット」の公演を客席から見ました。森下さんはジュリエットそのものに見えました。150・の小柄ですが、目が大きくて手足の長い彼女は、客席から見るとまるで少女です。豊かな表情と緻密な演技で、40才近く年下の少女の役を演じ切っていました。この見事な変身ぶりは舞台芸術の醍醐味の最たるものです。
 ドキュメンタリー番組での彼女にも感動しました。いっぽう僕は日本が生んだ世界のバレリーナを長い間客席からとらえて放送できたのに満足もしています。しかし、僕でなくてもいい。あのドキュメンタリー番組と並行して、彼女が踊る「ロメオとジュリエット」の舞台全幕を収録放送できたらと思うのです。
 テレビ時代といわれる現代でのテレビの持つ影響力、時にそれは魔力にもなるのですが、そんな力を実感しながら、あのドキュメンタリー番組を見終わったのでした。



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