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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.42 「科学と芸術」  
2001年11月13日
 つい先日、松戸芸術舞踊協会という組織の選抜新人オーディションという催しの審査員に招かれて行って来ました。やはりバレエ部門の参加が多く、少女たちのかわいいヴァリエーションが続いたのですが、モダンダンスのあと、最後の創作部門は2曲だけでした。ところがこの二つともがバラの踊りでした。一つは“Winter Roses”と題されていて、赤と黒のコントラストの強い衣装の女性陣の群舞です。自然界では春に咲くバラが冬でもがんばっているといった元気な踊りでした。
 そしてもう一つは「青い薔薇」というソロ作品です。精密な振りと表現に感心しました。ところで自然界に青いバラというのは存在しないはずです。園芸家たちが必死に品種改良に努力していますがまだ実現できません。青いバラが出来たらノーベル賞ものだという人もいます。ダンスには言葉がないので、この小品では青いバラが踊っていたのか、青いバラへの思いを描いたのかはわかりません。しかし青いバラという非現実の世界はやはり魅力的なものです。
 青いバラなど自然界にないものを作るのが科学であり、そして芸術であるということが実感できます。近い将来、科学の進歩のおかげで青いバラを見ることができるかも知れませんし、すでに絵画やCGで見られるし、先日は舞台で見たことにもなりました。
 僕は桜が好きで追っかけまでしていますが、実はバラの花も大好きです。バラ族だという噂もあるほどです。バラの花を一年中見ていたいので、部屋の一隅にバラの造花を飾っています。それも駅の構内で10本1000円とかで安く売っているナイロン製のバラなどを何十本もまとめて買って来たりします。その中には青いバラもあったりして…。
 花はナマの本物に限るという考えが一般的ですが、造花には別のよさもあるんです。科学の進歩のおかげで本物よりもずっと安いし、枯れないし、水をやらなくてもいいし…。
 バラといえばバレエの舞台にもよく出て来ます。「眠れる森の美女」の第1幕では舞台はバラが咲き、ワルツでは群舞が花輪を持ち、オーロラ姫は求婚者たちからピンクのバラを捧げられます。もう31年も前のこと、故井上博文がプロデュースして「眠れる森の美女」を上演しました。これは全幕を通 して飯田深雪さんのアートフラワーのバラが飾られていました。アートフラワーは絹地で一枚一枚の花びらを作り、一筆一筆色をつけて行くものです。近くで見ると夢のように美しいものです。ところが一輪何千円もする花が舞台一面 に咲いているというぜいたくな舞台なのですが、客席からは小さくて地味に過ぎました。舞台の花はそんなにぜいたくでなくても発色がよくて大きいほうが見映えするようです。
 キーロフ・バレエの「海賊」の見せ場のひとつ「華やぎの園」では、舞台は花いっぱい華やぎますが、近づくと何がかいてあるかわからないほど荒っぽいタッチで描かれています。必ずしも本物そっくりのものでなくても効果 が上るというのが舞台美術というものでしょう。そしてこれも近代科学の力を応用すれば多種多様なすばらしい舞台が出来るようにも思われます。
 だいぶ前のこと、蘭の専門家のかたとお話する機会がありました。新種をつくり出すことに努力しているそうです。新しい品種をつくるのは想像以上に時間がかかるようです。ある時、彼は街の中でいままで見たことのないような蘭を見つけて、ヤラレタ!と思ったそうです。ところが近付いて見ると造花だったそうです。こういう仕事も楽しいと同時に大変な仕事なんだなあと感心しました。
 新種をつくるということは科学の力で自然を変えるということで、神を恐れぬ 不敵な仕業かも知れません。しかし美の創造という点では大切なことにも思われます。そして芸術活動も美しいものを創り出すという点で、直接人間生活には役に立たなくても、人間の心をリッチにする点では大切なことだと思います。
 地上から今度は宇宙に出てみましょうか。先日、NBAバレエ団の公演で「時の踊り」という10分ほどの作品が再演されました。巨匠プティパの作になるもので、朝昼夕夜と違った色のチュチュの群舞が続々と登場して時間の推移を見せます。直線になったり円型になったりと宇宙の秩序といった感じも見せます。主役は夜の女王と三日月の騎士だったと思います。舞台正面 に時計がさがって、右の方には三日月がかかっています。ところが時計は10時か11時だったかです。しかし三日月が西の空に見えるのは日没後しばらくの間だけです。この装置は科学的とはいえません。
 先年、勅使川原三郎演出のオペラ「トゥーランドット」の装置の月がおかしいと読売新聞の音楽批評欄に音楽評論家の丹羽正明さんが指摘しておられました。舞台美術は様式的なものだから、そんなことはかまわないとも思いますが、実は僕もその舞台を見て変だと気がついたのです。やはり芸術的な様式美と科学的な観察を両立させたほうがいいのかも知れません。
 この程度のことは、中学・高校の理科の時間をまじめにきいていれば簡単にわかるはずですヨ。宇宙の中の銀河系の中の太陽系。その惑星の一つ地球の周囲を衛星の月が廻っている。宇宙の運行を立体的につかんでおけば芸術の創造や理解にも役に立つような気もします。夜空を見上げれば、月の丸さと位 置で時間や方角がわかり、時間がわかれば雲があっても月の円さや方角も想像できるはずです。
 昔の人は月を球体とは思っていなかったはずです。科学的な理解が深まってくるとロマンティックではなくなってしまうような気もしますが、そのかわり科学的な達成のおかげで新しい芸術が生まれてくるかも知れません。
 星についてもそう。バレエやミュージカルの舞台では夜のシーンで星の豆電球がたくさんぶらさがっている場合があります。あれを見て星の並びが全然違うという人もいます。でもそれはそれでいいように思います。架空の夜空もロマンティックですよね。同時にプラネタリウムみたいに本物らしい空もいいとも思います。21世紀、科学と芸術の協力で世の中楽しくして欲しいものです。
 マクロの世界からミクロの世界へ、肉眼では見えない世界です。先日ノーベル化学賞受賞が決定した野依良治先生は少年時代に、ナイロンが空気と水と石炭からできていると聞いて化学者を志したそうです。ナイロンのバラがきれいだと見て楽しむだけの僕とはだいぶ違いますね。彼はスポーツにも熱中したり、音楽や美術にも傾倒しながらも、目には見えない分子の型が美しいことに魅せられて、一般 人にはわからない分子とか、BINAPという高性能の分子触媒に挑戦したとかのお話です。
 野依さんは単純明快な美に真理があるということで、美女に憧れる気持ちを持ちつづけて来たそうです。「化学はおもしろく美しく、ときに役に立つ」という名言を吐いておられます。これは芸術についてもあてはまるような気がします。野依さんは芸術にも化学にも美を求めたので、ノーベル賞受賞につながったのではないでしょうか。芸術好きは科学嫌いの傾向があるような気もします。しかし両方に近づくと新しい芸術の創造や理解に役に立ち、人生がより豊かになることは信じています。たまには教育テレビの学校放送の時間を見たりするのをおすすめします。



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