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幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.49 「ナマの舞台とテレビの舞台」  
2002年2月27日
 東京に住んでいますので、舞台芸術はナマの舞台を見ることが多いのは幸せです。このごろは地方でもすばらしい劇場やホールが続々と建設され、中央の舞台の引っ越し興行も多いのですが、やはりクラシック系の公演の数は多くないようです。そんな場合にはテレビをじょうずに利用することをおすすめします。大金をはたいて大切な時間をかけて会場に向かうのは実は大変なことなのです。ですから首都圏の人でもテレビをうまくごらんになればずいぶんと得をするはずです。
 ところで、教育テレビで能とか日本舞踊の素踊りなどを見ると、あんまり面 白くないので、かえってナマの舞台を見る気がなくなってしまう人もいるようです。バレエでもレオタードで踊る抽象バレエなどは終わりまで見続けるのは努力が必要です。しかしテレビで芸術を楽しむのはその努力が必要かなとも思います。実は僕は長い間テレビのディレクターをやっていたので、ナマよりテレビのほうが面 白いと断言したいところなのですが、そうとはいいにくいのです。やはりナマの舞台の迫力は違います。しかしプラス思考で行きましょう。テレビにはナマとは別 の魅力や利点があるのです。
 舞台芸術以外の芸術にも目を向けましょう。絵画や彫刻やデザイン的なものでは、どんなにかっこいい解説や批評を読んでも、それだけでは何も見えません。「百聞は一見にしかず」という言葉がありますがそのとおりです。美術品は本物を見なくても写 真一枚でもかなり役に立ちます。さらに舞台芸術では聴覚重視のオペラの場合はラジオやCDで聞くだけでも一応は満足できますが、映像が加わってこそオペラといえましょう。視覚本位 のバレエは見えないと問題になりません。バレエをラジオで中継放送してもほとんど意味がないでしょう。トウシューズの足音とか、いろんな音が入ってきてチャイコフスキーの名曲も台なしでしょう。
 19世紀までの大バレリーナたちの名舞台は絵画や写真でその姿を想像するだけです。20世紀に入ってのニジンスキーさえ写 真や評伝で舞台を想像するしかありません。アンナ・パヴロヴァは断片的なフィルムがありますが、まるであの世の踊りのようにぼんやりしてよく見えません。それなのに20世紀後半からはビデオが発達して、いまや簡単に記録ができます。バレエの発表会では少女のたどたどしい舞台姿を記録しようとお父さんがビデオを持って右往左往したりしています。舞踊コンクールで客席後方で参加者をフォローしているビデオマンが撮影したビデオは、参加者の一生の記念になるだけでなく、分析すれば将来の大成にも役立ちましょう。優れた公演は、その振付やダンサーの技術・演技、美術を記録しておけば後世のために重要な財産にもなります。現代は優れた公演をビデオで見ることができるという点では実にすばらしい時代だといえましょう。
 僕がNHKに入って間もなく、若手のディレクターにさせられてしまったころのこと、当時の音楽部長、もうなくなってしまった人なのですが、その人が僕にテレビをうまく利用する方法を教えてくれました。
 オペラのテレビ放送では開幕前に単純明快な解説があるのをちゃんと聞く。そして演奏中は原語のイタリア語やドイツ語で歌っている時に、わかりやすい日本語の字幕が出るのでそれをものにしておく。こんなことをしておくと今度は劇場でそのオペラを見る時に、たとえ原語で歌っていてもすでに内容を把握しているのでたっぷり楽しめる。その逆もよい。ナマの舞台を見て感動して、あとでテレビを見ると、あそこはこんな内容だったのかとかわかって余計楽しめるとか。ナルホド。
 考えてみると、これはオペラだけでなく、言葉のない交響曲のコンサートやバレエにもあてはまるような気がしてきます。そんなわけでナマとテレビの両方を併用してみると、楽しみながら勉強し、少しずつ自分のものにすることができたような気もします。
 クラシックをラジオやCDで聴くのはすばらしい時間です。聴覚優先の芸術ですもの。しかし、クラシックをテレビで見れば別 の効果があります。オペラをテレビ化する時は主役の歌手が歌う時を刻明に追って行きますし、バレエの場合も主役のダンサーが踊るのを追いかけることが重要で、ディレクターによって映像はあまり違いはないようです。コンサートも例えばピアノのリサイタルは音楽が激しくなればピアニストの手もとを撮ったり、情緒的な部分ではピアニストの顔の表情を撮影する時が多いようです。ところがオーケストラを映像化する場合、演奏中に何を撮影するか、どこで映像を切りかえるかなどはディレクターによって全く違います。人によって舞台全景だったり、指揮者の顔だったり、コンサートマスターの様子だったり、オーボエ奏者の顔だとか楽器のアップとか、ティンパニの表面 だったりしますし、きりかえのタイミングや回数も違います。僕も楽譜とにらめっこしながら数多くの曲を番組にしました。テレビのディレクターは指揮者のつぎに楽譜を研究するとさえいわれます。とても大変な仕事なのですが、そのおかげで音感には恵まれていないと思う僕もだんだん音楽を理解し、難解ともいえる曲すら楽しめるようになったのです。劇場やコンサートホールで収録する番組は、作曲家や演奏家、演者を前面 に出し、ディレクターは視聴者にどうやって舞台をわかりやすく楽しく伝えようと日夜努力するものの、あくまで陰の存在なのですが、その仕事のあいだに音楽やオペラやバレエ、モダンダンス等々が自分の血や肉になってきたような気がします。
 コンサートやオペラ、そしてバレエなどの舞踊を放送すると、なんでそんなにめまぐるしく切りかえなくてもいいだろうという声も聞こえてきます。しかし舞台というものは、間口も広く天井も高く奥行きも深い巨大な空間です。ここで行われていることをテレビの小さい平面 、ブラウン管の表面に押し込めるわけです。だから客席から舞台を見つづけているように、一点から舞台全体を長時間にわたって撮りつづけているだけではすぐに飽きられてしまいチャンネルを切りかえられてしまいます。普通 のテレビ画面の横の線、いわゆる走査線は525本です。ハイビジョンはその2倍ほどあるんですが、ハイビジョンのテレビを持っている人は少ないでしょう。だから全景ばかりでは細かいところは全く見えません。指揮者の顔は見えないし、バレリーナの技術や表情も見えません。だからテレビのディレクターはいろいろ勉強して視聴者が見たいと思うものを遠くから近くからとりあげ秩序づけて並べて、少しでも完成度の高い番組を作ろうと努力を重ねているのです。舞台を見なれた人には、不必要な画面 切りかえもあるかも知れませんし、過剰な説明もあるかも知れません。しかし舞台芸術を広く一般 の視聴者に伝えるのにはやはりテレビ的な手法を用いることが必要だと思います。
 皆さんも毎日のようにナマの舞台を見つづける時間的余裕や経済的余裕はないでしょう。だからナマの舞台とテレビの舞台の両方をうまく併用して、おのおのの特長を知っていただけばずい分と役に立ちます。
 テレビは一億総白痴化の元凶のようにいわれた時代もありましたが、現在はチャンネルも多く多彩 な番組が見られます。番組の選びかた、見かたによって得るものはすごく多くなるはずです。



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