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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.53 「舞踊と舞踊でないもの」  
2002年4月23日

 このところ、舞踊公演に行くのがちょっと少なくなっています。実は人生も残り少なくなってきましたし、世の中には想像もつかないほどいろいろな物事があるので、生きている間に、できるだけたくさんのすてきなものを見たり聞いたりしたいという気持ちが強まっているんです。
 長い間、舞踊中心の生活を送っていますと、舞踊家たちの考えかたや実力がわかってきます。あの人なら奇跡が起こらない限り、劇場に行っても時間の無駄 使いになってしまう。だったらお花見に行こうなどと思ってしまいます。舞踊家に対しては残酷な態度かもと思いますが、僕は自分を舞踊批評家などとは思っていないので、せっかく御招待していただいても、好きな順に優先順位 をつけて劇場に行ったり、全く別のものに走ったり、自由に動きまわるようになってしまいました。必死になって公演をしている舞踊家のかたがたには申しわけないと思っています。しかし舞踊以外のジャンルのものを見たり聞いたり、森羅万象を見つづけることによって、逆に舞踊の魅力も再確認することができるという利点もあるのです。この年になっての結論です。
 この欄を読んでくださっているかたがたも舞踊批評家になろうという奇特な人はあまりいらっしゃらないと思います。まずは舞踊を楽しむ。僕も皆さんと同じ視点を保ちながら、声高に理想を叫んだりせず、その都度思いついたことを書いているわけです。
 舞踊について書くことも少なくしています。僕は昔からこういったことを書きたいと、新聞社や出版社に売り込んだことがないのです。依頼された記事を書くだけで精一杯でした。能力や体力が不足なのでしょうか。売り込みどころかお断りをしながら、アップアップと息切れしながら何とか消化してきたのですが、それでも多分に疲れています。ということで舞踊年鑑の記事などは、信頼できる舞踊批評家のうらわまことさんに押しつけたりして申しわけないと思っています。僕のほうが少し年長でくたびれているようなので許していただきたいと思っているわけです。
 コンクールの審査も少なくしています。数年前、東京新聞主催の全国舞踊コンクールで、目黒公会堂での予選の何日目か、主催者側から「藤井さん、きょうで1000人を越していますよ」といわれました。バレエと現代舞踊の両部門のジュニアと最年少の第2部を審査していたのです。予選で1000人以上を審査した人は初めてとのこと。参加者がふえていたのですね。疲れるはずです。翌年からどちらかにしてくださいと申し入れをしたら、現在はバレエだけにしていただきました。
 バレエ部門はヴァリエーション1曲を踊ります。見なれた作品ばかりで、同じ曲が続くともうウンザリです。でも短いヴァリエーションが参加者の運命にも影響するわけですから、こちらも一生懸命に審査します。ことしは個人的スケジュールの都合で、バレエの第2部だけにしていただいたのですが、それでも430人ぐらいの踊りを見ました。
 ことしのバレエ部門の第2部では、「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」の男性ヴァリエーションを踊った少年が第1位 に入りました。まだまだ未完成ですが、将来性を買われたと思います。男性の参加者が少ないので有利だったかも。熊川哲也らがバレエ界をハミ出すぐらい活躍しています。男の子たちの続出を希望します。ことしは7位 までの入賞者のうち、2、3,4、7位の4人が「眠れる森の美女」の第1幕のローズ・アダジオのあとのオーロラの姫のヴァリエーションを踊っていました。この曲は技術や表現の仕上げがよいと、すばらしい効果 をあげます。中間部でのピルエットが4回など、技術を見比べる以外に、若いながらの品格の高さ、優雅さなどが求められます。それに対して第3幕のグラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーションは堂々とした風格や様式的な表現が求められるので、16才の役なのに少女たちには至難な役といえましょう。これを踊った人のほうが多かったと思いますが入賞はできませんでした。
 5位は「パキータ」のエトワールのヴァリエーションを踊った少女でした。「パキータ」にはいくつかのヴァリエーションがありますが、この長大なヴァリエーションもおとなのものでしょう。実力十分の人でしたが、決選ではピルエットのあとの5番ポジションが決まらないなど、決選のプレッシャーがあったようです。6位 の人は「くるみ割り人形」の金平糖のヴァリエーション。この典雅な踊りも盛り上げるのは大変なようです。少女たちにもドラマがありました。
 ついでに他のヴァリエーションについてもひとこと、「白鳥の湖」の第3幕のオディールのソロも難しいテクニックが続出しますので、これをうまく踊れば最高でしょう。「海賊」にもいくつかのソロがあります。参加者の個性や技術を考慮に入れて選曲すれば効果 があがるはずです。「ドン・キホーテ」も終幕のキトリのソロだけでなく、夢の場のドルシネア、森の女王、キューピッドのソロなどよく出来ていますね。「ジゼル」の第1幕のヴァリエーションは、アティチュードでの回転や右に左にと回転したり、片足のポアントでの進行など大変ですが、登場の時が大切です。全幕上演では村人たちに囲まれての登場で、左のお母さん、右のアルブレヒトへの配慮なども見せ場になりますが。コンクールで一人だけでの出では演技しすぎてもいけないし、こんなところも注意が必要でしょう。それに対して同じ幕でのペザント・パ・ド・ドゥのソロは短いので成果 をあげるのは大変な仕事です。
 「グラン・パ・クラシック」「シルヴィア」「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」「サタネラ」などのヴァリエーションもまず技術を克服して、その上に独自の表現を加えることができたらすばらしい見ものになります。
 ヴァリエーションの大部分は物語のある長大なバレエの一部です。装置もなく一人だけで踊って効果 をあげるのは、年少者にとってはすごい負担になりましょう。しかし練習を重ねて、ちゃんとした振付をものにして、的確な表現を身につけて踊れば、未来の大バレリーナへの道も開けるわけです。そして観客も短い踊りの中に広大な宇宙の秩序さえ感じることができるのです。僕なんかも全く踊れないのに、沢山のすばらしい舞台を見続けてきた結果 が血や肉になったような気もします。それでも残り少ない人生です。やっぱり同じものをくり返して見るほかに、別 のもの、新しいものを見たくもなります。革命的なものも見たくなれば、日本の伝統のよさを示すものも楽しみたい。
 つい先日の4月19日、日本舞踊協会東京ブロックの中央支部の会に行きました。午前11から夜までですが、正午近くにかけつけますと、ちょうど「藤娘」が始まったところです。巨大な藤の花の下で相当豊満な藤娘が踊っています。藤間勘市郎さんという人ですが、男性か女性かわかりません。あとで問い合わせるつもりです。勘市郎さん怒らないでくださいネ。名前では男女不明なのが伝統芸能の面 白さでしょう。藤の花がチョー大きいのは、有名な歌舞伎俳優の6代目の菊五郎が相当フトメだったので、藤娘をかわいらしく見せるために工夫して大きな藤の花の下で踊ったのがはじめだということです。
 見ているうちに、そうだ藤の花が満開のはずだと思いついて、3曲ほど見てから国立劇場を脱出して、地下鉄・JRを乗りついで亀戸で降りて10分ほど、亀戸天神の本物の藤の花を見に行きました。ちょうど満開になろうとするところ。舞台を見ていたせいか、藤の花が美しいけど小さく見えました。長く垂れた藤の花房もことしは短かめです。門前のおまんじゅう屋さんでお土産を買って聞くと、去年、池の水を干したりして新しい橋に変えたとかの影響があるかもとのことです。そうなると来年もまた見に行きたくなります。
 舞台の巨大な藤と本物の小さい繊細な藤、人工と自然、両方ともすてきでした。歩きすぎて多分に疲れたのですが、何となく充実した一日になりました。  東京でも、桜の花見だけでなく、心がけさえあれば通勤途上の道ばたでも一年中自然の美しさを楽しむことができます。空の雲でも路傍の石でも見る心があれば美しいものが見えます。それが舞踊などの舞台芸術を楽しむのにも役立つはずだと思っています。皆さんも若いうちにいろんなものを見たり聞いたりしたほうが将来の楽しみにつながると思うのですが、どう思いますか?


関連ページ・東京新聞主催全国舞踊コンクールの決選結果 はこちら



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