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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
Vol.79 「こんどはバラの季節です」
2003年5月22日

 桜の花は北海道も北のほうに行ってしまいました。桜々と騒ぐので僕のことを桜狂いのように思っている人も多いのですが、桜の賞味期間は短いので、一年を通して他の花や木や草も楽しみたいのです。
 僕の家はとかく華やかで騒々しいと思われている新宿区にあるのですが、新宿区もはじっこの淋しい場所なんです。道を歩いているといろんなお宅の玄関や庭に多種多様な植物が植えられていて、一年にわたって多彩なお花を楽しめます。東京でも早春の梅や水仙に始まり、各種の桜、じんちょうげ、れんぎょう、山吹、藤、つつじ、しゃくなげ等とつづき、いまはいろんなバラが花盛りです。バラは花屋さんでは一年中売っていますが、普通の家ではやはりこの季節に咲くものが圧倒的に多く、こちらのお宅の垣根はピンク、あそこの家の玄関のは赤い大輪などとけっこう覚えていて毎年楽しませていただいています。実は僕の家の庭は100パーセント日本式なのでバラがないんです。だからよそのお宅のバラを横目で見ながら歩いて楽しませていただいているわけなのです。
 バラの最大級の催しものとして定着した感のある「国際バラとガーデニングショウ」は、ことしもバラの最盛期の5月16日から21日まで西部ドームで行われています。去年はチケット売場の当日売りのチケットを買うのにも行列したので、ことしはやはりバラ好きの友人に前売り券を買っておいてもらいました。
 このショウはことしで5回目です。毎年NHKの中継などでも見られるのですが、おととしついに我慢できずに球場にまで行ってすっかり病みつきになってしまいました。ということでことしもまずNHKの「趣味の園芸」で見てから日曜日の午前中の2時間、BS2での特別番組で予習しておいたのです。BS特集には「初夏に薫る英国流バラのある暮らし」というタイトルがついていたとおりに、ことしはイギリスのコッツウォルズ地方の初夏をシンボルガーデンにするなど英国調が目立ちました。しかしガーデニング部門ではことしから2メートル×3メートルのベランダ部門が始まって、日本の住宅事情を考えているのにも感心しました。僕も自分の仕事部屋(休み部屋?)の狭いベランダを何とかしなくてはと思ったりもしたのです。
 テレビを見ていますと、球場全体の風景からバラの群れ、そして花のアップもあり、ゲストの人たちのお話もそれぞれに面白く、勉強にもなります。会場が広すぎて僕なんか疲れてしまって見逃すところも見せてくれます。しかしテレビではバラの香りは伝わりません。ちょっと触ってトゲの痛さを試してみることもできません。というわけでどうしても現場に行きたくなってしまいます。そんなわけで実は今朝、急に友人に電話して一緒に球場に行って来たんです。西部球場前駅で降りて、まずおべんとうを買って入場、食べる前に見るべきものは見ることにしました。テレビを見ておいたうえで球場に行くと収穫が多いのです。実は若いころNHKに入った時に大先輩の部長さんが、オペラやバレエをテレビで見ておいて、物語や見どころ聞きどころを知っておくと、始めて見る作品でも何倍も楽しめると教えてくれたのです。実際そうでした。理解が早くなり、すごく得をした気分になりました。バラやガーデニングもそうです。入場してすぐの華やかなバラの回廊を抜けるとイギリス王室にゆかりのバラが揃っています。去年なくなった皇太后のバラは小輪のピンク、現エリザベス女王のは大輪のピンク、そしてあのダイアナ妃のバラはオレンジがかった色でテレビで見たとおりでした。
 イギリスの国花はバラだそうで、古くからバラの栽培が盛んらしいです。イギリスでは14世紀から15世紀にかけ薔薇戦争という長い戦争があったそうです。白いバラを紋章としたヨーク家と赤いバラを紋章にしたランカスター家はことあるごとに戦争をしていたのですが、結局両家の結婚で和解が成立、赤と白が混じったバラの紋章のチューダー王朝が成立したとのことです。ことしのバラの展示もイギリス調が主流なのでしょうか。品のよい宮廷風庭園が想像できました。
 宮廷の庭のバラというと「眠れる森の美女」の第1幕を思い出します。16才になったオーロラ姫はバラの香りのむせかえるような庭園で各国から求婚に訪れた4人の王子が捧げるピンクのバラを受け取って、王子たちと晴れやかに踊ります。古今のバレエシーンの中でも最も華やかな場面でしょう。
 「眠れる森の美女」は内外のバレエ団の公演で数えきれないほど見ましたが、いまでも見るたびにワクワクするのです。もう40年以上も昔、マーゴット・フォンテインと相手役のマイケル・サムズが小牧バレエ団のゲストとして来日してロイヤル風な典雅この上ない場面を見せました。つづいて印象的だったのは井上バレエ団の創始者、井上博文がヨーロッパから帰国して自らプロデュース公演を始めまして間もなく、1970年に念願の「眠れる森の美女」を日生劇場で上演したのです。オーロラ姫を小林紀子、岡本佳津子が交代し、王子にはロイヤル・バレエのデヴィット・ブレアーが招かれました。ここで思い出すのは美術です。アートフラワー(造花)の大御所の飯田深雪さんが装置や衣装の色彩設計を担当して夢のような世界を現出しました。舞台いっぱいにバラやリラ(ライラック)の花が咲き誇っていたのです。ところがこの造花が本物の花と同じ大きさなのです。客席から見ると小さくてあまり目立たないのが残念でした。本物の花と舞台用の花はやはり違うんですね。舞台の花はうしろのの客席からでも識別できることが必要でしょう。バレエのお話しは神話や童話などのことが多くてウソでかためて現実味を排する場合が多いのです。美術も架空の世界が求められ、花も本物そっくりでは効果があがらないようです。自然と人工のかねあい。舞台芸術の面白いところではないでしょうか。ウソの花に真実が宿るのです。その後も多くの「眠れる森の美女」を見ましたが、19世紀のバレエはわれわれを架空の世界につれて行ってくれることが魅力なのだからこそ今日でも通用しているのでしょう。
 ウソといえば去年の「国際バラとガーデニングショウ」で青いばらの出現が話題となりました。バラの花と青い色素は合わないということで、青いバラができればノーベル賞ものという話もあります。そんなわけで期待して行ったのですが、その花はうす紫といった感じでした。ところが先日、新聞でまっさおなバラの写真が出ていました。記事を読むとこれは実はトルコききょうだったのです。トルコききょうには以前から青い花があるのですが、それを一重から八重に改良したので、まるで青いバラみたいです。でも茎や葉はバラらしくないので、短くして花束にしてみるとまるで青いバラのようです。バラじゃないけど遊び心で見れば楽しいものでした。
 BSのバラ番組でのゲストの一人、女優でフルート奏者でもある神崎愛さんがナマで演奏しました。伴奏はカラオケで「くるみ割り人形」からの「花のワルツ」と「コッペリア」から開幕冒頭に主役スワニルダが踊るワルツを奏きました。両方ともバラにふさわしい曲ですね。花のワルツはたいていの場合ピンクや白の花のような衣装です。ところが井上バレエ団の舞台ではブルーの衣装なのを思い出しました。実際にはない青いバラか、青いけれど別の花か、違和感を持っていたのですが、これも面白いと思えるようになりました。
 花の名をいろいろあげましたが、この季節、木や草の若々しい葉っぱもすてきです。「あらとうと 青葉若葉の 日の光」。芭蕉が日光で作った有名な句ですが、日の光に透けて輝く若葉が見えてくるようです。いつも歩いている道ばたの名もない雑草もよくみるとほんとうにすばらしい、アッ!思い出しました。かつて皇居のお庭で昭和天皇がお散歩していた時、待従が「この雑草が・・・・」などと申しあげたら、天皇は「雑草という草はない。みんな名前がついているんだよ」とおっしゃったとか。いま「名もない雑草」と書いてしまったのを反省します。「名も知らない雑草」に訂正します。
 ふだんはぼんやりと見過ごしてしまう小さな花や草も、よく見ると気が遠くなるような長い時間に進化を重ね陶太されて、いま僕の目の前でがんばっているのです。どこから見ても美しいと思うのです。人工の舞台と自然の草木、見比べながら両方のよさを発見して、自分のものにして行きたいと思っています。




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