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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

うらわまこと
 
Vol.39 「娯楽性、大衆性の追求は邪道か
  アフロ・アメリカンダンスと児童舞踊に思う」
2001年10月10日
 

 昨年度の文化庁芸術祭の舞踊部門で大賞を受賞した森嘉子さん。彼女の大賞受賞については、次の点で大いに注目されました。ひとつは彼女が(女性の年齢を明らかにするのは失礼ですが)、還暦をとっくに超えていることです。しかもほとんどがソロ作品。もちろん、日本舞踊の世界ではこの年齢は珍しくないかもしれませんが、森さんの踊りはアフロ・アメリカンダンスなのです。これがもうひとつ注目されるべき点です。これはゴスペル、スピリチュアルス、ブルースといった、アフリカにルーツをもつ人々がアメリカで大変な苦しみのなかで築き、すがってきた音楽であり踊りですが、とくに踊りはわが国ではなかなか認められませんでしたし、また日本人には不向きのダンススタイルとされてきました。それなのに、常識的にははるかにピークを過ぎているはずのダンサーがソロで芸術祭に参加、みごとに大賞を獲得したのですから、驚きです。
 アフロ・アメリカン系のダンスとはどういうものかということを説明するのはなかなか難しいのですが、ジャズ、ステージダンスとも、ジルバ、ディスコからヒップホップとつながるフロアダンスとも違います。音楽から分かるように、アフリカ系アメリカ人の苦しみ、神への祈り、そしてそれに耐え、乗り越えるエネルギー、といった要素を含んだ動きであり、表現です。特徴としては重い荷物を背負いながら、天(神)に向かって祈りを捧げるというコンセプトでしょうか。
 先日(9月22日)に森さんの大賞を記念した公演がありました。この春に、下手をすると再起不能になったかもしれない大きな交通 事故に会ったのだそうですが、それをまったく感じさせないどころか、さらに成長したのではないかと思われるような見事な踊りをみせました。彼女の舞台は動きやポーズのスタイル、心象表現、本当にみごとなもの。作品もすべて自作です。しかもアフロアメリカンのダンサーと異なる彼女自身の、あるいは日本的な感性が付け加えられて独自の境地に達しており、深い感動を呼び起こします。私にとってはこれは誇張でもなんでもありません。
 このようなカテゴリーのダンスが主流になるかどうかは別としても、もっともっと皆に好まれ、楽しんでもらえたらいいと思います。ただ、お弟子さんというか、舞踊団員は20名(男性4名)ほどおり、ベテランから若手までそれぞれ見るたびに上達しているのですが、聞いてみると残念ながらその後がいないのだそうです。
 ブルースやゴスペル音楽が好きな人はたくさんいます。ブルースはクラシック、モダンを問わずジャズの原点ですし、ゴスペルは隠れたブームとまでいわれています。またダンスそのものは大変に愛好家が増えているし、ジャズダンスも一時の勢いは一段落としても、まだまだ盛んです。しかもゴスペルを歌いたい人はたくさんいるのに、なぜ踊りたい人がいないのでしょうか。

 さてここからが今日のテーマ。
 実は先程の公演のあと、慰労会があって出演者や評論家の方々と話をしたのです。そこでとくに瀬川昌久さんと意見が一致したことがあります。瀬川さんは日本のジャズ評論の草分けであり、現在は大御所。ミュージカル関係の雑誌の編集にもたずさわっておられて、ダンスにも強い関心をもっている方です。
 その要点が、前回予告したダンスにおける芸術性と娯楽性(エンタティメント性)の問題なのです。もちろん、芸術性、娯楽性とはなにかを追求しだしたら、それだけで袋小路に入ってしまうかもしれません。それでここでは、前者を内面 的なものを突き詰めていって、その点で深い感動を呼ぶもの、後者を楽しさ、面 白さを追求して、この面でお客の共感を得るものとします。
 というのは、この日の作品の多くが、この意味での芸術的なもので、たしかに「ストレンジ・フルーツ」をはじめ彼女の作品は、それゆえに大変に感動的だったのです。ただ率直にいって、このような作品の良さを理解し、それを堪能するのは一般 のお客にはなかなか難しい。しかも、そのようなタイプ(もちろん個々の作品はそれぞれに工夫はあり、似たような、というのではないのですが)、つまりここでいう芸術性に重点を置いた作品が並ぶと、やや重くなることは事実です。
 このなかで一つ、森さんも入って全員で踊るアップテンポの明るく楽しいナンバーがありました。ここではダンサーも楽しそうに伸び伸びと踊り、決して若者ばかりでもない客席も、手拍子が自然に起こり、たいへんな乗りよう、楽しみようでした。
 しかし、これも決してアフロ・アメリカンの本質をゆがめたものでもないし(こういう明るい面 、苦しさを吹き飛ばす面もあるのです)、構成、振付やダンサーの動かし方などはなかなか凝っており、作品としてもしっかりしたものです。
 瀬川さんとも、このようなアフロ・アメリカンダンス、ゴスペルダンスの楽しい面 、とっつきやすい面もをぜひ強調して、ファンを、そして踊りたいという人をふやして欲しいと話したものでした。
 森さんがそうだとは決して思いませんが、舞踊家の一部には、客席を笑わせたり、手拍子で乗せたりすることはお客に媚びることで邪道だという意識が、潜在的にかもしれませんが、あるような気がするのです。お客にいかに楽しんでもらえるか、分かってもらえるかを考えるのは商売人であって芸術家ではないと思ってはいないでしょうか。
 お客を意識しなくても十分に楽しんでもらえる作品を作る人もいますし、また、大衆性はないが一部の人に深い感動、感銘を与えるようなものもなくてはなりません。
 この翌日、東京新聞の全国舞踊コンクールの入賞者のアンコール公演がありました。そこでもこのことを感じたのです。率直にいって創作部門の入賞作品は、初心者には「これは何だ、よく分からん」だったと思います(それが作品の価値を下げるかどうかは別 問題です)。それに対して、児童舞踊部門はそれぞれが地球環境、発展途上国支援、そしてコミュニティの連帯感といった今日的、社会的なテーマを持ちながら、分かりやすく、楽しいものでした。たとえばオリビア・ニュートン・ジョンの「カントリー・ロード」(乗りのいい曲ですよね)による作品などは、やはり客席から手拍子。私も思わず心が躍り、またほろりとしてしまいました。初めての人もエンジョイしたのではないでしょうか。
 この文を読んで、私のことを「レベルが低いな」と思う人もいるかも知れません。しかし、あえて私はいいたい。こういう楽しく(お涙ちょうだいでも)分かりやすい作品をたくさん作って下さい。そしてお客を増やして下さい。それが舞踊界を活性化し、そのなかで観客のダンス観も変わり、難解な作品を楽しむ人も増えてくるのですから。




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