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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

うらわまこと

Vol.73

「12~1月のわが国は「くるみ割り人形」列島」

2003年3月5日

 1か月ほど前のこのページで、4種類の「白鳥の湖」の違いについて書かせていただいたところ、直接、またメールで面 白いというご感想をいただきました。そしてその時もちょっと触れた「くるみ割り人形」についても書いてほしいというご希望もありましたので、今回は「白鳥~」と同じ切り口で考えてみたいと思います。つまり、今年に入って上演された「くるみ~」についてそのスタンスの違いに焦点をあてるということです。
 もちろん、この作品は12月がピークで、全国では多分15から20の間くらいのバレエ団の「くるみ~」が上演されたと思います。私もそのうち10を超えるものを見てはいます。ただこれを全部とりあげるとまとまらなくなりますので、今年に入っての3つを主体に考えることとします。それは上演順にNBAバレエ団(1月25日)、世田谷クラシックバレエ連盟(1月26日)、そして日本バレエ協会(2月6日など)です。それぞれのうたい文句はつぎのようなものです。”イワーノフ復活版 日本初演!”(NBA)、”世田谷区民コンサート、世田谷フィルハーモニーと共催”(世田谷)、”サンクト・ペテルブルグ・ワガノワ・バレエ学校保存によるワイノーネン初演版”(バレエ協会)。
 ご覧のように、NBAとバレエ協会はイワーノフとワイノーネンでがっぷりよっつ。それぞれ指導者を招いて、再現を目ざしています。それに対して世田谷は演出・振付も内部(石田泰己さん)で、なんとなく手作りという感じがします。NBAのイワーノフ復活というのは実は「雪の景」だけで、そこはボリショイバレエ学校出身で踊りながら振付の勉強もしたナタリア・ボスクレシェンスカヤさんが指導しました。そしてそれ以外の部分はバレエ・リュッス・ド・モンテカルロ出身のロバート・リンドグレン版をハンガリー国立オペラのバレエ・ディレクターなどをつとめたイムレ・ドージャさんが演出・振付しました。リンドグレンさんは1950年代にアレキサンドラ・ダニロワをゲストにした(ミア・)スラヴェンスカ・(フレデリック・)フランクリン・バレエ団のプリンシパルとして来日していますが、彼の版はイワーノフの振付を相当程度再現しているといわれています。基本的な構成は現在一般 に標準的とみなされているものと大差ありませんが、たとえばドロッセルマイヤーに甥がいて、彼がくるみ割り人形になる点、これは一昨年初演した牧阿佐美バレエ団の三谷恭三版が近いですが、それよりさらに突っ込んだ解釈になっています。また、ねずみと兵隊の戦いのところにくまの人形がでてきたり、ディヴェルティスマンのコーヒー(アラブ)では王が水煙草を吸うなど、なんとなく古き良き時代の雰囲気があります。さて肝心の「雪の景」ですが、群舞が頭に大きな飾りをつけ、チュチュの感じも現在とは少し違っており、雪片が風に飛ばされて散ったり集まったりする様子はとくに上からみるとなかなかの壮観でした。たしかに全体として19世紀のバレエ(1892年初演)という感じはよくでていたと思います。
 バレエ協会のワイノーネン版は、キーロフバレエ団の代表的ソリストを長年つとめたリュドミラ・コワリョワさんによって振付指導されたもので、初演1934年、イワーノフ版ともっとも大きな違いはマーシャ(クララ)が最後まで主役をつとめる点です。ご存じの通 りイワノフ版ではクララはバレエ学校生徒(少女)が踊り、金平糖の精(グラン・パ・ド・ドゥ)や雪の女王は別 のバレリーナが踊るのです。
 これはキーロフバレエ団のものをそのまま移植した新国立劇場版(これもワイノーネン版)のもととなるもので、むしろそれとの比較に興味があります。当然ながら装置、衣装を含めてグラン・パ・ド・ドゥのアダジオに4人の男性が参加するところを初め、同じところが多々あります。しかし、違っているところもいくつかあります。まず、新国版の3幕仕立てに対して2幕、これはむしろ一般 的です。あと構成としては、お客が三三五五集まるプロローグなしで、ホストであるシュタルバウム氏の広間からはじまるところが目につきます。もう一つの特徴は、マーシャを最初は少女が演じ、第2幕で大人に成長するところです。したがって新国版ではすべて大人のダンサーがつとめるパーティでの子供たちも、ここではみなジュニアが扮します。これは、ワガノワ・バレエ学校版だからではなく、お客を確保するための日本バレエ協会版のようです。ただ、パ・ド・トロワ(一般 に芦笛の踊り)をジュニアが踊るのはバレエ学校版だからでしょう。
 たしかに全国で20種類にも達する「くるみ割り人形」のなかで特徴をだすには、このような初演版は効果 的ですし、見るほうも興味があります。
 こういうことを別にすると、世田谷版もなかなか楽しめるものでした。これは基本的にはイワーノフ版(プログラムで「プチパによる」、といっているのは、台本が彼で振付はイワーノフなのです。)ここの特徴は、くるみ割り人形を最初から人間が演じるところ、しかもおもちゃ、ねずみと戦うところ、そして王子と3人が順に大きくなるのです。とくにおもちゃになった子役はみんなに可愛がられたり、壊されたりするところを一生懸命演じていました。人間が人形を演じる演出は名古屋(松岡伶子バレエ団)にもあるのですが、3人でというのはここだけだと思います。その他、エピローグをつけたきめ細やかな演出は日本版に共通 するところ。さらに往年の童謡アイドル川田正子さんの率いる森の木児童合唱団の雪のコーラスもなかなかの聞きものでした。
 この「くるみ割り人形」はイワーノフ、ワイノーネン版以外にもいろいろな演出があります。ローラン・プティ、ジョン・ノイマイヤー、ルドルフ・ヌレーエフ版などは良く知られていますし、日本でも細やかな変更でなく、基本コンセプトを変えた演出も幾つかあります。昨年暮に上演されたものでいうと、まず札幌舞踊会の坂本登喜彦版、これは基本ストーリーや音楽はあまり変わらないのですが、時代を現代にし、登場人物や振付、装置・衣装などは思い切ってモダンに自由にしています。もう一つ上げるとすると福岡の田中千賀子バレエ団、これは新しい曲を加えてドロッセルマイヤーを冒頭から登場させ、時代は現代ではないのですが、ねずみとの戦いの場などもモダンな感じに変えています。さらに、たとえばコロンビーヌなど人形トリオに加えてそれらのミゼット(小形版)トリオを活躍させるなど、ここの特徴である若くて踊れるダンサーを十分に活用しています。
 新しい演出が北海道と九州に生まれたのは偶然でしょうか、あるいは中央から離れていることとなにか関係があるのでしょうか。これも興味ある問題です。

 




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