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ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.4マシュー・ボーン『ドリアン・グレイ』

 
 7月から9月半ばにかけては、シーズン・オフになってしまうため、なかなか目ぼしいダンス公演がないロンドン。加えて、ピナ・バウシュの訃報も届き、なんだか心にぽっかり穴が開いたような気分になっていたところ、少しでも自分を鼓舞しようと思って、昨年見逃してしまったマシュー・ボーン作・振付『ドリアン・グレイ』の再演を観ることにした。
 原作は言うまでもなく、1890年に発表されたオスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』。美しい青年ドリアンが、退廃的な生活を送るにつれて肖像画が醜く変化していくが、人間のドリアンはいつまでも美しいまま、というデカダン的な作品である。マシュー・ボーンは、原作におけるいくつかの点を変更させて、21世紀のダンス作品として蘇らせた。
 まず、主人公ドリアンは、その美しさから写真家バジルにモデルとして見出され、香水「IMMORTAL(不死)」のイメージモデルに抜擢されて一躍時代の寵児となるという、いかにも現代的な設定。また、ドリアンの悪徳を重ねるにつれて肖像画が醜くなっていくのではなく、ドリアンの堕落した魂が具現化された「ドッぺルゲンガー」、つまりドリアンの邪悪な化身が舞台に現れるという設定も、非常に説得力があった。さらに、マシュー・ボーンの代表作、男性版『白鳥の湖』のように、主要キャラクターの性別が入れ替わっていたのも興味深い。ドリアンを退廃的な生活へといざなうヘンリー卿は、悪魔的なファッション業界のカリスマ・レディーHに、ドリアンがその心を弄ぶことになる女優シビル・ヴェインは、ロイヤル・バレエ団所属の男性バレエ・ダンサー、シリル・ヴェインとなって、ドリアンはバジル、シリル、レディーHの3人と性的関係を持つ。
 21世紀のロンドンの観客にとっては、同性愛の際どいシーンが舞台に上がっても大してショッキングでないかもしれないが、それでも原作の危うい雰囲気がよりヴィヴィッドな形で、しかもスタイリッシュなダンスとして表現されていたのには、少なからず新鮮味を感じた。また、ドリアンがその美しさからメディアの注目を浴びて「セレブ」の仲間入りをし、表面的ながらも艶やかな世界の魔力に溺れていく姿は痛々しいほどで、美しくあることにとりつかれた人々、流行に後れることを恐れる人々、セレブ信仰など、現代人の愚かな面がいやというほど皮肉られ、それがあまりにも現代的でリアルなので、観ているほうが罪悪感を感じてしまうほどだった。主人公ドリアンはアンチ・ヒーローであり、これまでのボーンの作品とは違って素直に共感はできないものの、古典作品の現代的解釈を得意とするボーンの鮮やかな物語展開に惹き込まれ、あっという間の2時間だった。
 また、回転舞台で次から次へとシーンが変わり、かなり速いペースで物語が進行していくのも、はじめはそれがただ物語の筋を追っているだけのように思えて、表面的な印象を受けたのだが、後になって考えてみると、「上っ面だけを追う、虚構の世界に生きる人々」の滑稽さを強調するために、そのような舞台進行にしたのかもしれない。その徹底的な皮肉っぷりが、いかにも英国的だなと感じた。美についての醜い物語は、観客の心に直接ナイフで切り込んでくるような形で人間の愚かさについて問いかけ、私もボーンのそうした振付家というよりもむしろ、身体を使った「語り手」としての優れた才能に改めて感心したのだった。
 
實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。