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ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.17ブリンク・マーゲイト サマーフェスティバル

連休となる8月最後の週末には、過ぎ行く夏を惜しむかのように英国各地でサマーフェスティバルが開催される。最も有名なのは、ロンドンのノッティングヒル・カーニヴァルと、レディングの野外ロックフェスティバルだろう。そんな中で今年、一夜限りの新しいパフォーミングアート・フェスティバルが誕生した。英国南東部ケントにある海辺の街、マーゲイトで行われたブリンク・フェスティバルである。

[写真左]マーゲイトのビーチ   [写真右]ターナー・コンテンポラリー・ギャラリー

マーゲイトという街は、かつてロンドンから気軽に行ける夏のリゾート地として栄えたものの、20世紀後半以降その輝きは失われ、最近まで荒んだ印象が強い街だった。それが、そうした悪いイメージを一新しようと数年前から再開発が始まり、今年の4月には、再開発事業の目玉ともいえる新しい現代アートギャラリー、「ターナー・コンテンポラリー」がオープンしたばかりだ。

今回のブリンク・フェスティバルは、以前このコラムでも触れたロイヤルバレエ団のレジデンス・コレオグラファー、ウェイン・マクレガーと、彼のカンパニー「ランダム・ダンス」、そしてドイツの野外演劇集団「パン・オプティクム」が出演するほか、英国人アーティストのロビン・ランボーがコラボレーションするということで注目が集まった。今回はさらに地元から100人の子供たちが出演し、400人の地元ボランティアがイベントの裏方として協力することで、世界規模のアートを通して地元の人々を結び付け、〈アート発信地〉としての新しいマーゲイトの方向性を明確に打ち出そうという画期的な試みとなった。

夜の8時半を過ぎると、マーゲイトの浜辺に出現した特設ステージの周りは無数の人で埋め尽くされた。数年前に訪れた際の閑散とした街のイメージからは想像も付かないほどの多数の人々が、ステージに向かって浜辺を一斉に歩いていく姿は、それだけでエクソダスさながらのパフォーマンスのようでエキサイティングだった。

[写真]Blink Margateのパフォーマンス

ステージの上のダンスで静かにはじまったパフォーマンスは、まるでダンサーのエネルギーが飛び火していくかのように、海の方へ、街の方へ、そして上空へと、文字通りステージから外へ外へと広がっていった。ステージの上を照らす青い光は、ステージ外に建つ建物の外壁に投影される波の映像となり、その波に押し出されるようにして、透明なボールの中に入ったダンサーがステージを飛び出し、観客の頭上をゆっくりと海に向かって歩いていく。波打ち際には花火が上がり、それに呼応するようにして観客の頭上をアーチ状に〈飛ぶ〉人々も出現。感嘆の声を上げる観衆も含めて、マーゲイトの浜辺一帯が巨大なアートインスタレーションとなったのだった。

スピリッツを片手にしきりに感心している真っ赤な顔をしたおじさんや、赤ちゃんを連れたお母さん、ダンスパフォーマンスをはじめて見る子供たち。劇場の中では普段見かけないさまざな人々が、一大スペクタクルを思い思いに楽しんでいる。シーサイドの開放的な雰囲気と、リラックスした観客の活気が背景幕となってパフォーマンスは大いに盛りあがり、生まれ変わりつつあるマーゲイトの街に一層期待が高まった夜だった。

實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。