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カバーストーリー

ダンスの世界で活躍するアーティスト達のフォト&インタビュー「Garden」をお届けします。

HOMEカバーストーリー > 平山素子 04
自分のままじゃ踊れない
いいお話ですね。そういう舞台こそ、観客は知らずに引き込まれてしまうんですね。
観客のことを考えると…、近頃考えていることなんですが、もっともっと普遍的かつ原始的なものにならないかって。ダンスイコール感情表現というのはそのとおりなんですけど、最近ちょっと勘違いしている人がいるかもしれない。むしろ私は、舞台上では自分ではないものに変身していて、感情表現の方法も全く異なるように思います。たとえば悲しいっていうのを例にすると、泣いて見せるようなことは絶対にしません。悲しい出来事のあったときに得る感覚や現象を舞踊として改めて再構築して表現する方法に専念します。これが見ている人の記憶にひっかかって、なんて悲しいんだろう、と感じてもらうことができたら、たぶん一番素敵と思います。

これまでにすごい舞台を経験してつくってきた平山さんに、みんなが期待しているわけですけど、それを感じますか。
うーん、頑張らない程度に適度な緊張感で答えようと思いますが、やっぱり新国立劇場に起用していただく機会は鍛えられます。責任も感じます。「春の祭典」もそうですけど、時代を担い、未来を築くことを期待されていると気を引き締めて取り組んでいます。でも、自分らしく、このプレッシャーをけっこう楽しんでいますよ。

平山さんは、きっと生まれつき筋肉の組成がいいんですね。体育の成績よかったでしょう?
子供の時から体育の成績はずっと良かったんですよ。スポーツテストもずっと1級で、身体でいろんなことをするのがおもしろくてしょうがなかったです。ビューって跳んだときの、風が吹いている感じとか、グルンと回転したら周りの景色が変わったり、そういう感覚が好きでした。走るのも得意。今でも、身体の故障といったものもなくて、風邪もひかず、筋肉痛もほとんどないんですよ。健康すぎて少々怖いです。

ダンスにはもともとスポーツの要素があり、新体操やシンクロなどのスポーツはダンスの要素を取り入れています。平山さんは本能的にそれをご存じなんですね。北京でもシンクロナイズド・スイミングのチームに振付なさってますが。
一番最初は、日本代表の強化合宿に呼ばれて指導に行ったんです。選手にいろんな経験をさせようと演劇やジャズダンス、バレエの先生などが招かれた多様なプログラムで、今までになかったコンテンポラリーの独創的な発想を組み入れるというのが狙いでした。それ以来、試合があるとアドバイスをさせていただいていました。今、シンクロ界ではどんどんと総合芸術としての演技を求められるようになってきて、各国でプロの振付家が演技を手がけるようになってきたんです。このような背景から、北京オリンピックでの新作演技にも振付の専門家が必要という考え方になったんでしょうね。たぶん私の特徴は、身体は小さいのに動きがダイナミックに見えるということ、ですよね?枠にとらわれないコンテンポラリーの独創性と、私の演技の秘密も選手に伝えてほしいという意味も含めて頼まれたと理解しています。技のことも、どのくらい潜っていられるかも、評価の方法もわからないのでコーチや選手と相談、協力しながら一緒に考えていくということでお引き受けしました。

それは、選手の方々にとってもいい経験ですね。
練習の際にはふつうはカウントかけるんですけど、私はなるべくイメージを大切にしたかったので、ほとんど数を数えないで進めました。動きの説明は…へんなことばかり言うから、笑われていましたよ。軸がだんだん斜めに落ちていくことできない?なんて言うと首をかしげながらやってくれて、反対側の足で大きく糸を巻いていくような感じでとか。右手が女性で左手が男性なの、だから右手が曲線で、左手は直線、右手と左手、女性と男性が出会う、とか。男性が女性を迎えに行く、というその場限りの言葉でも、あ、そういうふうに考えられるな、ってとらえてもらえました。デュエットの鈴木さんと原田さんは本当に高い技術を持っていて、美しいんです。私のほうが楽しんじゃっていました。

location:Ristorante SABATINI 青山
ダンサーについては、どんな条件が必要だと思いますか。
この質問にほかの方ならなんて答えるかわからないけど、私の答えは「存在しないものをあると信じられるということ。」です。たぶんまだ知らない自分が経験してないことがいっぱいあるんだろうな、と冒険心があること。そして、それに向けて肉体酷使をいとわないこと。ここには夢があるんです。これはドリームという意味での夢とはちょっと違うんですが…。かっこよく表現すると“舞踊神に近づくロマン”かな。

それは踊りの可能性みたいなことですか?
そうですね。舞台芸術としての舞踊はものすごく進んでいるから、現代ではなんでもできちゃうような錯覚があります。だから私は「やらないこと」を決めるように心がけています。たとえば、これまでの私の作品では映像は基本的に使っていません。おもしろくって編集にのめりこむ自分が想像できるから(笑)。あえて、です。昨年の「春の祭典」の創作時にも、これまで多くの振付家が手がけたのをみてきていますから、これはやらないということをいくつか決めていたんですよ。本当の意味での21世紀の「春の祭典」をつくってみたいと意気込んでいましたから。これってつまり…踊りの可能性は、珍しい手法を探して組み合わせる、ではなく、むしろどんどん原始的になっていくこと?これが理想かな、と思っているんです。


 
 
最後に平山さんの夢についてお聞かせください
Q,
あなたが子供の頃に思い描いていた「夢」はなんでしたか?
そうですね・・・。結構欲ばりでいろんなものになりたかったんです。
これを解決するのにダンスがありました!そうだ「変身」。舞台で衣装をまとい、未知なる国の人を演じたり、妖精になったり、とにかく非現実に一気にチェンジできるダンスに惹かれていました。
それから、身体に「冒険」させること。
とにかく身体を動かしていれば時間が過ぎるのも忘れて夢中になっていたように思います。鉄棒に足をかけてびゅーんと遠くまで飛んだりする瞬間のなんともいえない感覚、これがずっと続けばいいのに・・・と思っていました。

Q,
あなたのこれからの「夢」は何ですか?
実は、子供のころと同じなんです。身体で「冒険」したい。より強く、具体的に願っています。大人になって、実践する前に結論がわかってしまう知識がじゃまをすることが残念ですが、初めて経験する感覚を目の前にわくわくする、そんな新鮮な心をずっと持ち合わせていたい。そして、すべての出来事をダンスというフィルターを通しながら冒険して、創造的かつ感動的瞬間に出会えたらサイコーです。最後に身体が透き通って中まで見えてきてこれが私の「核」だったんだって気がつくことができればいいですね!
もうひとつ・・・宇宙から地球を見てみたいです。そんな時代になることを願って・・・。

もともと母の実家が徳島で海亀の産卵で有名な所です。その町に行くと看板に海亀の絵が描いてあったり、海亀の資料館もあります。そこで亀の民芸品を手にしたのが最初ですね。いろいろな土地を訪れるたびになぜか亀がいて、自分がきれいだなと思ったり、気に入った表情のものを買っているうちに気がつくと自宅にいっぱい。ペンダント・ヘッドや携帯のアクセサリーにもしています。自分の手の中にぴったり入る亀が好きなんですが、95歳になるおばあちゃんが5円玉を紐でつなげて亀のかたちにした力作も部屋に飾っています。
 去年の夏には徳島で海亀の産卵を久しぶりに見て感動しました。実は「春の祭典」の作品のヒントにもしています。メスが一生懸命生んでいるのに、オスはどこにもいない。常に肉体のリアリティを提案しているのは、命をつかさどるメスというか女性なんだな、と。動物界だったらメスが産卵のあとに死んでもあたりまえなんでしょうけど、人間の場合は違うぞ。人としての愛情、命の尊厳なんてことを産卵を見ながら考えました。